2012,02,01 Wednesday
ジュアラ・ラグ賞26、ハフィズが大賞

ちょっと月をまたいでしまったが、29日に行われたマレー歌謡界最大のイベント、ジュアラ・ラグ賞(Anugerah Juara Lagu)26の結果を。
今年は、アカデミ・ファンタジア(AF)出身ハフィズ(Hafiz)の「Awan Nano」が大賞に輝いた。ハフィズは、同曲で2年連続となる最優秀ボーカル賞も受賞した。
準大賞には、ニン・バイズーラ(Ning Baizura)、ジャクリーン・ビクター(Jaclyn Victor)、シーラ・アムザ(Shila Amzah )の3人の女性シンガーによる共演曲「Beribu Sesalan」、3位にはファイザル・タヒル(Faizal Tahir)の「Karma」が入った。
また、最優秀パフォーマンス賞には、アリヤ( Alyah )の「Kisah Hati」が選ばれた。
今年も「熱唱命、心を動かしてナンボ」のジュアラ・ラグらしい結果だ。
ハフィズは、“人気優先で実力は二の次”と言う感じで音楽賞での評価から外されてきたAF組としては、快挙ともいえる受賞だった。AF出身組には、“人気投票王”の異名を誇ったマウィ(Mawi)がいるが、ハフィズは、音楽界での存在という意味でマウィを超えた観がある。
また、「Gadis Semasa」と「Penakut」の2曲をエントリーして注目されたユナ(Yuna)は、
マレー歌謡の砦というジュアラ・ラグという特殊性というか独自性に泣いた観があった。簡単に言うとジュアラ・ラグは、ドラマ的な展開や熱唱重視のマレーらしい歌を選ぶので、ユナの曲の評価の場ではなかったようだ。曲の抜群のアレンジセンスも、無理やりオーケストラのアレンジにあわせて、良さが消えてしまった。
良くも悪くも“ジュアラ・ラグらしい”という一言で片付けられるのだ。
まぁ、音楽性では、あまりポジティブに聞こえないジュアラ・ラグだけれども、アルバムでなくて、シングル1曲でもエントリーすれば、評価の対象になるという伝統は、奇しくもデジタル配信時代に合っていて、音楽界全体のてこ入れ役にはなっていると思う次第。
個人的には、マレーらしい歌を選ぶジュアラ・ラグは、いつでもブレのない音楽界の立ち位置を示しているので好きである。
はいはい。「あんたの嗜好も思考も、全然進歩しないね」と言われるのは、覚悟していますよ。
<ジュアラ・ラグ賞26候補曲>
曲、アーティスト、作詞/作曲
「Sungai Lui」/アイザット(Aizat) /Aizat&Anas / Aizat&Anas
「Awan Nano」/ハフィズ(Hafiz)/ M.Nasir/Budi Hekayat
「Kisah Hati」/アリヤ( Alyah )/Manusia Putih/Manusia Putih
「Kalau Berpacaran」/スハイミ・ミオール・ハッサン(Shohaimi Mior Hassan)、アナ・ラファリ(Ana Raffali)&アルティメット(Altimet) /Shohaimi Mior Hassan/Shohaimi Mior Hassan, Ana Raffali & Altimet
「Beribu Sesalan」/ニン・バイズーラ(Ning Baizura)、ジャクリーン・ビクター(Jaclyn Victor)&シーラ・アムザ(Shila Amzah )/Kevin Chin/Tinta
「Wanita Seluruh Dunia」/Projek Pistol /Boy Clifford/Boy Clifford
「Karma」/ファイザル・タヒル(Faizal Tahir)/Audi Mok&Faizal Tahir/Audi Mok&Faizal Tahir
「Kekanda Adinda」/アトリア(Atilia) & Monoloque /Monoloque/Monoloque
「Gadis Semasa」/ユナ( Yuna)/Yuna/Yuna
「Penakut」/ユナ(Yuna)/Yuna/Yuna
「Sedetik Lebih」/ジャクリーン・ビクター(Jaclin Victor) /Edry Abd Halim/Edry Abd Halim
「Cinta Muka Buku」/ナジワ・ラティフ(Najwa Latif)/Najwa Latif/Ika Latif
2011,12,31 Saturday
2011年のマレーシア芸能
恒例の2011年のマレーシア芸能の総評を。
映画では、スコープ・プロダクション、シャムスル・ユスフ(Syamsul Yusof)監督の『KL Gangster』が未曾有のRM1,200万の興行収入を上げ、映画産業がビジネスとしてまだまだ拡大することを示した。今まで商業主義の路線で君臨してきたメトロウェルス・プロダクションの牙城をスコープ・プロダクションが脅かしたことは、映画界の活況ぶりを示す事件であった。
続き▽
映画では、スコープ・プロダクション、シャムスル・ユスフ(Syamsul Yusof)監督の『KL Gangster』が未曾有のRM1,200万の興行収入を上げ、映画産業がビジネスとしてまだまだ拡大することを示した。今まで商業主義の路線で君臨してきたメトロウェルス・プロダクションの牙城をスコープ・プロダクションが脅かしたことは、映画界の活況ぶりを示す事件であった。
続き▽
2011,12,22 Thursday
今年は、こんな方々に会いました
マレーシアに長く滞在しているだけ(恥ずかしくて在マレーシア歴など公言しない)のボクなのだけれど、有名な方々のお役にたつ機会もあって、今年はヘルパー業(?)で少しばかり忙しかった次第。
本稿は、いつもと違って雑談風にいきますので、ちょっとご容赦。
マレーシアでも日本から来る方々のコーディネートをされる方もいて、目的に応じてその道の方が仕事として請け負うのだけれども、音楽・芸能ライターという怪しい肩書きのボクのところには、ビジネスでもない、アカデミックでもない、テレビ班でもないといった目的の方のお世話の話が、たまに着たりする。まぁ、ウン10年もマレーシアにいるからなんかの助けにはなるだろうという感じで…。
今年は、7月に全米進出したジャパメタ・バンド、ラウドネス(Loudness)の30周年ツアーの撮影カメラマンとして同伴なされた松田隆さんにさせていただいた。撮影のロケハンのほか、気がついたらラウドネスのメンバーと地元バンドのMayとかコンサートで共演したSearchのボーカリスト、エイミー(Amy)といった人たちとの会話の仲立役になっていた。(まぁ、ちとばかりマレー語ができるからだけど)
ブログには書いたことはないけれど、ボクの趣味は写真である。なので撮影現場は非常に面白かった。やっぱりプロは、どんな状況でも絵にできる人だと、当たり前のことだけれども、自分の目でみられたのは、貴重だった。
あと、80年代から筋金入りのメタル信者が多いマレーシアは、同じアジアのメタル・バンド、ラウドネス来マのインパクトは大きく、道路際の壁にラウドネスのロゴを描くやつまでいた。奇しくもマレーシア一のハードロックバンドといっていいSearchも結成30周年で、今後もラウドネスとの親交を深めて行く道を探っていたようすだった。
12月には、日本の冒険作家の大御所・船戸与一さんの取材お世話の話も回ってきた。
これもブログには書かなかったけれど(今日2回目)、ボクはマレー芸能の次に好きなのは、冒険小説。船戸作品は、7割ぐらいは読んでいるのである。
船戸さんの取材目的は、現在執筆中の大作『満州国演義』のマレー戦線。(あっ、書いちゃった)日本軍の進軍経路を巡る旅。戦争のことなどほとんど知らないボクは、船戸ファンということだけで、旅に同行したわけで、冷や汗ものだったが…。さらに言うと現代史に同伴した小説を書いてきた船戸さんは、ジャーナリストとしても人後に落ちない人で、そんな方を相手にボクのあやふやなマレーシアの知識を披露すること事態、無謀に近いことだった。
船戸さんは、70年前の戦跡を独特の勘と経験による類推で探し当ていくんだけれども、「見つからなきゃしょうがない」といった感じで、達観していることにも感心してしまった。旅の予定もその場の判断で変更(それも楽なほうへ)。
船戸さんは、「世の中に大事なことなんてないよ」という一言をポロリ。
なんと船戸作品で一番キャラが立っている『蟹喰い猿のフーガ』の登場人物エル・デュロのせりふではないか!。傭兵とかゲリラとか、船戸作品には、信念や流儀を死を賭けてもにこだわるの登場人物が多いのだけれども、船戸さんに近いのは、意外にもエル・デュロだったとは。
エル・デュロとは、ちょっと言いづらいのだけれども、伝説の詐欺師。弁が立ってめちゃめちゃ魅力的な人物なのである。
それはさておきマレーシアの地が描かれる“血沸き肉踊る”船戸ワールドが大いに楽しみだ。
それで、マレーシアにいるというだけで、日本で名を成した方々を身近でみることができた幸運に感謝。それにぬるま湯生活でなまくらになった自分に鞭を振るう機会にする次第である。
あと、アサ・ネギシは、カミングアウトしたように「写真」と「冒険小説」が趣味であるので、これからはそういった話もここに書くつもりだ。(もちろん半分冗談)
肝心のマレーシア芸能の方は、今年はどうもとらえどころがない年で、まとめるのがつらいなぁ。
本稿は、いつもと違って雑談風にいきますので、ちょっとご容赦。
マレーシアでも日本から来る方々のコーディネートをされる方もいて、目的に応じてその道の方が仕事として請け負うのだけれども、音楽・芸能ライターという怪しい肩書きのボクのところには、ビジネスでもない、アカデミックでもない、テレビ班でもないといった目的の方のお世話の話が、たまに着たりする。まぁ、ウン10年もマレーシアにいるからなんかの助けにはなるだろうという感じで…。
今年は、7月に全米進出したジャパメタ・バンド、ラウドネス(Loudness)の30周年ツアーの撮影カメラマンとして同伴なされた松田隆さんにさせていただいた。撮影のロケハンのほか、気がついたらラウドネスのメンバーと地元バンドのMayとかコンサートで共演したSearchのボーカリスト、エイミー(Amy)といった人たちとの会話の仲立役になっていた。(まぁ、ちとばかりマレー語ができるからだけど)
ブログには書いたことはないけれど、ボクの趣味は写真である。なので撮影現場は非常に面白かった。やっぱりプロは、どんな状況でも絵にできる人だと、当たり前のことだけれども、自分の目でみられたのは、貴重だった。
あと、80年代から筋金入りのメタル信者が多いマレーシアは、同じアジアのメタル・バンド、ラウドネス来マのインパクトは大きく、道路際の壁にラウドネスのロゴを描くやつまでいた。奇しくもマレーシア一のハードロックバンドといっていいSearchも結成30周年で、今後もラウドネスとの親交を深めて行く道を探っていたようすだった。
12月には、日本の冒険作家の大御所・船戸与一さんの取材お世話の話も回ってきた。
これもブログには書かなかったけれど(今日2回目)、ボクはマレー芸能の次に好きなのは、冒険小説。船戸作品は、7割ぐらいは読んでいるのである。
船戸さんの取材目的は、現在執筆中の大作『満州国演義』のマレー戦線。(あっ、書いちゃった)日本軍の進軍経路を巡る旅。戦争のことなどほとんど知らないボクは、船戸ファンということだけで、旅に同行したわけで、冷や汗ものだったが…。さらに言うと現代史に同伴した小説を書いてきた船戸さんは、ジャーナリストとしても人後に落ちない人で、そんな方を相手にボクのあやふやなマレーシアの知識を披露すること事態、無謀に近いことだった。
船戸さんは、70年前の戦跡を独特の勘と経験による類推で探し当ていくんだけれども、「見つからなきゃしょうがない」といった感じで、達観していることにも感心してしまった。旅の予定もその場の判断で変更(それも楽なほうへ)。
船戸さんは、「世の中に大事なことなんてないよ」という一言をポロリ。
なんと船戸作品で一番キャラが立っている『蟹喰い猿のフーガ』の登場人物エル・デュロのせりふではないか!。傭兵とかゲリラとか、船戸作品には、信念や流儀を死を賭けてもにこだわるの登場人物が多いのだけれども、船戸さんに近いのは、意外にもエル・デュロだったとは。
エル・デュロとは、ちょっと言いづらいのだけれども、伝説の詐欺師。弁が立ってめちゃめちゃ魅力的な人物なのである。
それはさておきマレーシアの地が描かれる“血沸き肉踊る”船戸ワールドが大いに楽しみだ。
それで、マレーシアにいるというだけで、日本で名を成した方々を身近でみることができた幸運に感謝。それにぬるま湯生活でなまくらになった自分に鞭を振るう機会にする次第である。
あと、アサ・ネギシは、カミングアウトしたように「写真」と「冒険小説」が趣味であるので、これからはそういった話もここに書くつもりだ。(もちろん半分冗談)
肝心のマレーシア芸能の方は、今年はどうもとらえどころがない年で、まとめるのがつらいなぁ。
| - | 03:54 AM | comments (0) | trackback (x) |
2011,11,30 Wednesday
Pop Shuvitのムーツとバネッサ・チョンが挙式
芸能人の結婚風景を。
マレーシアのバンドとして数少ない日本盤をリリースしているPop Shuvitのボーカリスト、ムーツ(Moots)とテレビタレントのバネッサ・チョン(Vanessa Chong)が、最近バリで結婚式を挙げた様子がmsnのマレーシア版で紹介されている。(リンクはこちら)
バネッサ・チョンは、ヤスミン・アーマッド(Yasmin Ahmad)監督の遺作『Talentime』に主演したパメラ・チョン(Pamela Chong)の姉といえば、日本のヤスミン映画ファンにはなじみがあると思う。兄弟には、アカデミ・ファンタジア第一期の優勝者の歌手ビンス(Vince)がいる。
挙式は、キリスト教とインド式で行われた。多様なバックグラウンドを持つマレーシア人の姿を垣間見るのも一興だ。
マレーシアのバンドとして数少ない日本盤をリリースしているPop Shuvitのボーカリスト、ムーツ(Moots)とテレビタレントのバネッサ・チョン(Vanessa Chong)が、最近バリで結婚式を挙げた様子がmsnのマレーシア版で紹介されている。(リンクはこちら)
バネッサ・チョンは、ヤスミン・アーマッド(Yasmin Ahmad)監督の遺作『Talentime』に主演したパメラ・チョン(Pamela Chong)の姉といえば、日本のヤスミン映画ファンにはなじみがあると思う。兄弟には、アカデミ・ファンタジア第一期の優勝者の歌手ビンス(Vince)がいる。
挙式は、キリスト教とインド式で行われた。多様なバックグラウンドを持つマレーシア人の姿を垣間見るのも一興だ。
2011,11,30 Wednesday
マレーシア五輪代表、歓喜から落胆の1週間
再びマレーシア五輪代表“ハリマオ・ムダ(若きトラたち)”について。

前の稿で、王者らしくないとらえどころのない存在戦いぶりについて書いたが、五輪出場を最大の目標に掲げるマレーシア・サッカー界にとって、ハリマオ・ムダは、近年にない完成したチームであることは確かだ。マレーシアは、72年の五輪に出場(80年モスクア五輪は、予選を勝ち抜いたものの、西側ボイコットに同調)したことがあり、今回アジア地区第3次五輪予選まで勝ち残ったことで、大願成就への期待が寄せられている。
(写真:代表ハリマオ・ジャージを着る子供)
続き▽

前の稿で、王者らしくないとらえどころのない存在戦いぶりについて書いたが、五輪出場を最大の目標に掲げるマレーシア・サッカー界にとって、ハリマオ・ムダは、近年にない完成したチームであることは確かだ。マレーシアは、72年の五輪に出場(80年モスクア五輪は、予選を勝ち抜いたものの、西側ボイコットに同調)したことがあり、今回アジア地区第3次五輪予選まで勝ち残ったことで、大願成就への期待が寄せられている。
(写真:代表ハリマオ・ジャージを着る子供)
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